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    大野耐一 工人たちの武士道


    若山滋 WAKAYAMA Shigeru     大学教授
    1947年 生まれ
    1969年 東京工業大学建築学科卒業
    1974年 東京工業大学大学院博士課程修了・工学博士
    株式会社久米建築事務所にて勤務
    1983年 名古屋工業大学の助教授に就任
    1989年 名古屋工業大学大学院工学研究科の教授に就任
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    トヨタの創始者・豊田佐吉と発明

    発明というものは、一つのアイディアを実現すればいいというようなものではなく、その効果と欠点を確認しながら改良しつづける必要があるのだ

    P 17

    明治と大正の時代精神:立志と煩悶

    漱石晩年の小説は、知識人の狂的なほどの「不安」に焦点をしぼり、西田の哲学は、「善」とは何かという問いかけを、結局は自分で考えるほかはないという結論に導いている。知的で内向的で、個人的で、やや憂鬱な煩悶である。佐吉や一造の時代とは、明らかに異なる気分がそこには流れている。
    時代精神というものだ。
    明治人が「立志」という気分に生きたとすれば、大正人は「煩悶」という気分に生きた。

    P 57

    トヨタグループの社是

    一、上下一致 至誠業務に服し 産業報国の実を挙ぐべし
    一、研究と創造に心を致し 常に時流に先んずべし
    一、華美を戒め 質実剛健たるべし
    一、温情友愛の精神を発揮し 家庭的美風を作興すべし
    一、神仏を尊崇し 報恩感謝の生活をすべし

    P 98

    節目の年、1936年(昭和11年)

    佐吉夫人、浅子が死去する。「喜一郎が乞食になるなら、私もなります」といってくれた、自動車事業のり会社の一人を失ったのだ。

    P 100

    列強各国の技術:輸送機関

    蒸気機関はイギリスで生まれ、蒸気で走る自動車も試みられたが、現在のような内燃機関と自動車は、フランスの先駆者をへて、主としてドイツで発達した。つまりイギリスは船舶、フランスは鉄道、ドイツは自動車、アメリカは飛行機、というように、それぞれ圧倒的に強い輸送機関を開発することによって、列強としての地位を確保しているのだ。

    P 121

    合理的な、力学の世界:戦争とスポーツ

    日本人はこの分野に精神論をもち込むのが好きなのだが、戦争もスポーツも、実はきわめて合理的な、力学の世界である。
    力によってものが動き、移動し、衝突する。力は質量と加速度の積であり、速度は加速度と時間の積であり、移動距離は速度と時間の積である。作用にはは反作用があり、運動には摩擦があり、慣性力が作用する。衝突すれば運動エネルギーは破壊のエネルギーに転換する。どんな精神論も、このニュートン力学を逸脱することはできない。

    P 122

    1948年(昭和23年)、「カンバン方式」の萌芽

    昭和23年、大野は早くも、前の工程が次の工程に製品を送るのではなく「後工程の人間が前工程に必要数を引き取りにいく」ことを実験しはじめている。これによって前工程はつくりすぎをしない、つまり部品の在庫を減らし、生産調整を考えることができるのだ。
    「カンバン方式」の萌芽である。

    P 128

    石田退三と松下幸之助

    財界活動は大嫌い、「わしの仕事は銭儲けや」といってはばからない、野人である。しかし逆に関西の、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助は、そんな石田を尊敬していた。「私の商売の先生は石田さんです」という。

    P 136

    石田退三と盛田昭夫

    東京では、あいかわらず旧財閥系の企業が跋扈していたが、その中で一つ、東京通信工業という、これも町工場のような会社が、電子技術一本で世に出ようとしていた。のちのソニーである。ここでも、一本気な技術屋の井深大とともに、経営手腕のあった盛田昭夫が創業者であるが、盛田は常滑出身で、豊田に近く、それは石田が育った町でもあった。

    P 138

    血の遺伝子と知の遺伝子

    人間は、他の動物とは違って、その先祖と社会から、血の遺伝子だけではなく、知の遺伝子をも受けとるものだ。言語や、文字や、ありとあらゆる「もの」をつうじて受けとるのである。本書はその文化の連続性に焦点を当てている。特に日本文化の「ものづくり精神」の連綿たる流れに焦点を当てている。

    P 145

    スーパーマーケットの販売方法から得られたヒント

    大野は黙り込んで考えていた。
    <つくったものを売るのではなく、売れたものをつくる。前工程は後工程が引き取った部品だけをつくる。それなら余計な在庫を抱えなくてもすむ>

    P 148

    豊田喜一郎が唱えたジャスト・イン・タイム

    大野は考えた。歩きながら考えた。
    <スーパー・マーケットのように、売れたものを前工程から引き取り、引き取られたものを補充する。生産ラインに注文が次々とさかのぼって、必要な工程に必要な時間に必要な部品が届けば、在庫は出ない。それこそ、喜一郎がとなえたジャスト・イン・タイムではないか>
    これがトヨタ生産方式の基本的な発想である。

    P 151

    大野耐一の読書

    大野が吉川英治の『太閤記』とか『宮本武蔵』とかを読むときは、比較的仕事が順調なときであった。『葉隠』とか『老子』とかを読むときは、何か問題があるときであった。

    P 154
    <備考・参照>



    大野耐一の信念、思想

    「それぞれの工程で完全につくれば、製品検査など必要ないのだ」

    P 177

    カンバン方式の鉄則

    「カンバンに指示されている以上の部品を引き取ってはならない」
    「カンバンに指示されている以上の部品をつくってはならない」
    「不良品を次の工程に送り込んではならない」

    P 178

    理屈と矛盾

    人間は理屈では動かないものだ。人間を動かすのは、むしろ矛盾である。巨大な矛盾の衝撃である。

    P 185

    なぜ?を5回繰り返す

    大野はどんなにレア・ケースであっても、必ずその原因を突き止め、改善するよう指導した。問題を追求するために「『なぜ』を5回繰り返せ」と教えている。

    P 187

    1961年(昭和36年)のトヨタ

    すでに英二と大野の時代がきていた。また経理では花井正八がしっかりと財布のひもを握っていた。この三人が、躍進期のトヨタを牽引したのである。

    P 194

    下請けは「系列」、外注は「外製」

    トヨタでは下請けという言葉を使わず系列といい、外注という言葉を使わず外製という。昨今はやりの、言葉だけのやさしさではない。本社と系列、内製と外製が、一体となってこそ、自動車というものの継続的生産が可能だ、という考え方であり、哲学なのだ。

    P 199

    トヨタに迫るコンピューター化の波

    ところが自動機械を導入しても、作業が減るが管理がふえ、トータルでは人が減らないのだ。大野はこれを機に、生産ラインを、「人間」という原点に戻って考え直そうとしたのである。日ごろ手を付けられないでいた問題を徹底的に洗い出し、改善していく。危機に臨んで原点に戻る。ここにトヨタの強さがある。

    P 218

    トヨタの真価

    他社が車を売る心配をしているときに、大野は車をつくる心配をしていたのだ。オイル・ショックのあと、トヨタは短期間のうちに驚異的な立ち直りを見せている。
    他の自動車会社に、決定的な差をつけたのはこのときだという。トヨタ生産方式は、高度成長時代にも強かったが、価格を抑えられ、低コストの生産を強いられる低成長時代にこそ、真価を発揮したのである。

    P 219

    シビックと本田宗一郎と大野耐一

    宗一郎は空冷エンジンに固執し、シビックの開発に反対していた。大企業の経営者となってもの一技術屋であるという精神を保っていたためであろう。これを機に、創業者としては異例の引き際のよさを示し、その点でも社会から高く評価された。自動車技術に生きる男同士、大野とも親交があったが、やはり、筋金入りの「もののふ」である。

    P 221

    大野耐一の弟子:池渕の海外でのエピソード

    「ファミリー・デイというものをつくって、作業員の家族を招待したんです。すると、白人も黒人もヒスパニックも、いつもは作業服の連中が、正装してやってくるんですわ。そして家族たちに、自分の仕事場を見せて、『俺はこんなにいい仕事をしちる。こんなにいい製品をつくってるんだ』といって自慢する。それを見て、人間はみんな一緒だと思いましたよ。人種なんか関係ない。それがトヨタ生産方式です」(池渕インタビュー)

    P 236

    トヨタ・システムは日本の「文化様式」

    つまり、トヨタ・システムとは、単純な知識・情報としての「ノウハウ」ではなく、精神的なものを含めた日本の「文化様式」だというのが、近年の欧米の一致した結論なのだ。トヨタに対する評価は、始めは驚異であり、次に嫌悪と批判であり、やがて賞賛であり、ついには文化と社会の比較分析となった。

    P 239

    『葉隠』は「死」、『五輪書』は「殺」

    『葉隠』は死ねといい、『五輪書』は殺せという。直接の主張は逆ではあるが、そこに共通しているのは、形式的な知識や技術に対する批判であり、現実の力学の直視であり、生命を賭して戦う者の覚悟である。

    P 249

    武士とは戦時には闘い、平時は模範となる者

    もう少し歴史をさかのぼれば、江戸初期の、山鹿素行がとなえた「士道」に突き当たる。朱子学を批判したために赤穂に配されていた素行には、膨大な兵学書があるが、『山鹿語類』「巻第二十一・士道」にその武士道の特質が表れている。

    P 250
    <備考・参照>


    国立国会図書館デジタルコレクション:山鹿語類. 第2

    工人たちの武士道

    それは、質実剛健ではあるが精神主義におちいらず、合理的ではあるが知識と理論におぼれず、形式とムダを排除するが人間性を失わない、「現実的、人間的、合理性としての武士道」であろう。

    P 256

    トヨタと大野耐一の出発点

    それは労働者も経営者も、作業員も管理員も、すべて同じ人間であり、同じ目的に向かって協働しうるものだという思想である。敵は、資本家でも組合でもなく、非効率だ、という思想である。

    P 266
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    Author:bookback
    1981年東京生まれ。静岡育ち。

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