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    独学の精神


    前田英樹 MAEDA Hideki   大学教授(専攻:フランス思想、言語論)

    1951年 大阪生まれ。
    1974年 中央大学文学部仏文科卒業。
    1980年 中央大学大学院文学研究科終修了。
    1985年 広島大学総合科学部専任講師。
    1987年 広島大学総合科学部助教授。
    1991年 立教大学文学部フランス文学科助教授。
    1994年 立教大学文学部フランス文学科教授。
    2006年 立教大学現代心理学部教授。
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    尊敬による愛読は、自ら所有した大切な本のみ可能である

    尊敬による愛読、というものを図書館の閲覧室ですることはできない。フランスの哲学者アランが言うように、人は家にある本しかよく読むことはできないのである。金次郎が橋の上を歩きながら読んでいる本は、返却期限のある図書館の本ではなく、金次郎自身の大切な本でなくてはならない。

    P 42

    『二宮翁夜話』;「孟子は難し、中庸は易し」

    尊徳の言行を記録した『二宮翁夜話』に、「孟子は難し、中庸は易し」という言葉がある。専門の儒学者は、これと反対のことを言う。

    P 43
    <備考・参照>

    契沖

    寛永十七年(1640)に尼崎の武家に生まれ、十一歳の時に出家して摂津(大阪)の妙法寺に入った。十三歳で薙髪して高野山に入り、その後、勉学の末に二十四歳で阿闍梨の位を得た。阿闍梨というのは、密教における仏学の先生のようなものだから、非常な秀才であり、博学だったに違いない。ところが、この仏学はどうも契沖の心を楽しませなかったようである。彼が十代からほうとうに好んだのは、歌を詠むこと、『万葉集』や『伊勢物語』を読むことだった。

    P 76

    中江藤樹

    二宮金次郎のはるか先輩、思想の上の先人にあたる人に中江藤樹(1608~1648)という儒学者がいる。

    藤樹は下級武士の子供として近江(滋賀県)に生まれ、九歳の時、米子(鳥取県)の藩士だった祖父のもとに養子にやられた。藩主の転封で伊予(愛媛県)の大洲に移り、そこで二十七歳まで藩士として仕えた。ところが、二十七歳の時、この人は突然、お城勤めを辞めて近江の老母のもとに帰ると言い出した。父に先立たれた母を、一人で放っておくわけにはいかないというのである。

    P 98

    中江藤樹の学問に対する考え:本心を大切にして信じること

    学問する者は「ミヅカラ本心ヲ信ジテ、其跡ニ泥ムコトナカレ」(『藤樹先生年譜』)と。人には自然な「本心」というものがある。それは宣長に倣って「まごころ」と言ってもいいものだろう。それを捨てて学問はない。学問は、小さな本心から発して大きな本心に帰る単純なひとつの行為である。孔子の学問は、まさにそういうものだった。

    P 101

    『農業全書』 宮崎安貞

    宮崎安貞(1623~1697)という福岡黒田藩の武士が元禄期に書いた『農業全書』は、農学書の古典であるだけでなく、農によって生きることの意味をほんとうによく教えてくれる。これを読んだ水戸の徳川光圀は、「是民間一日も欠くべからざる書なり」(「宮崎安貞伝」)と言って激賞した。

    P 163
    <備考・参照>

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    Author:bookback
    1981年東京生まれ。静岡育ち。

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