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    経営に終わりはない


    藤沢武夫 FUJISAWA Takeo     本田技研工業の常務・副社長・取締役最高顧問
    1910年 東京生まれ
    京華中学卒業後、日本機工研究所を設立。
    1949年 本田技研工業に常務として入社
    1964年 副社長に就任
    1973年 取締役最高顧問に就任
    1977年 藍綬褒章(らんじゅほうしょう)を受章
    1983年 取締役を退任
    1988年 逝去
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    浜松は本田宗一郎を逃した

    浜松の人はみんな彼を逃してしまったのですよ。技術者として有名であり、人間としてもすばらしい男なのに、だれもあの人をつかまえなかった。ということは、あの人に心底惚れる人がいなかったということでしょう。

    P 15

    人と人との触れ合いの基本:家庭を大切にする人間

    私は人間を判断するときには、その人の家庭を見るようになりました。人と人との間を結びつける条件は、まず信頼であり、いたわり合いであると思います。その基本は家庭にあるんですね。
    だから、家庭を大事にしない人、奥さんを大切にしない男はだめです。

    P 21

    ホンダの経営とは

    中国文学の吉川幸次郎先生が、
    「経営の経の字はタテ糸だ」
    と書いておられるが、うまことをおっしゃる。布を織るとき、タテ糸は動かずにずっと通っている。営の字のほうは、さしずめヨコ糸でしょう。タテ糸がまっすぐに通っていて、はじめてヨコ糸は自由自在に動く。一本の太い筋が通っていて、しかも状況に応じて自在に動ける、これが「経営」であると思う。

    P 24

    商売の鉄則と鈴鹿サーキット

    だから、鈴鹿でみんなにいったことは、帰りのお客さんの顔をよく見て商売しろ、ということでした。つまらないような顔をして帰ったら、もう二度と来ない。それが商売の鉄則だということですね。

    P 57

    知識と時代の潮流

    古い知識をいまふりまわしたら時代に取り残される。私たちはそういうものを知らないからいいのだ、ということはその通りかもしれない。

    P 64

    金儲けと経営理論

    生産企業は生産企業なんですから、為替差益なんかで金儲けをしちゃいけない。だから、私は本業以外のもので金儲けをしてはいけないという原則を、本田技研でつくってしまったのです。本田技研は本業で金儲けをする。もっと金儲けをしたかったら、パチンコ屋でもやりゃあいいんだ、というのが私の経営理論なんです。

    P 69

    清沢洌『日本外交史』

    清沢洌という人が『日本外交史』という本を出しました。私はそれを読んで、たいへん感動した。あまりにすばらしいので、ひとに貸して読ませたところが、戻ってこないので、もう一度買ったんです。
    ところが、買い直した本を見ると渡しの読みたかった部分が削除されている。それは第二版だったのです。その箇所というのは、日本が国際連盟を脱退したのは、とんでもないあやまりだと指摘したところです。

    P 73
    <備考・参照>


    国立国会図書館デジタルコレクション:清沢洌『日本外交史<上巻>』

    技術力と営業力の両輪のバランス

    本田技研において、国家の軍事力に相当するものが技術力だとすれば、外交にあたるものは営業力です。この技術と営業とのバラすんがとれていなければならない。ところが、往々にして、技術はその力を過大に思いがちになる。

    P 74

    管理と好循環

    良い管理はつぎの良い管理へとつながるし、アイデアはアイデアを生む。この二年間で生産管理は見ちがえるように良くなりました。それはまた、管理の効果の大きさを全社員が知ったことにもなりました。

    P 86

    万物流転の掟

    世の中には万物流転の法則がおあり、どんな富と権力も必ず滅びるときが来る。しかし、だからこそ本田技研が生まれてくる余地があった。だが、この万物流転の掟があるかぎり、大きくなったものもいずれは衰えることになる。その掟を避けて通ることができるかどうかを勉強してもらいたいということなのです。

    P 90

    複数の知恵で本田宗一郎ひとりよりもプラスへ

    そこで、複数の知恵を集めれば、本田一人よりもプラスになる。本田宗一郎の持っている力よりもレベルの高い判断力が生まれる。そういう体制をつくらなければならないのです。これまでのところ、ホンダは、そうしてきました。

    P 102

    “人間に一番たまらない苦痛は何か”と聞かれれば

    “する仕事のないことだ”と私は答える。する仕事を一杯持てる会社に一生勤められれば幸いといえるかもしれない。その仕事を皆で組み合わせて、つくり上げるのが会社という企業だ。

    P 123

    重役とは

    では、重役とは一体なんだろうかといえば、未知への探求をする役です。重役が未知への探求をしないで、後始末ばかりしている掃除屋であってはならない、というのが私の考えてです。

    P 130

    創設者の組織づくり

    やならなければ迷惑をこうむる人はいないけれども、やる以上、迷惑をかけないようにするためにはどうあるべきかを考えて組織をつくらないかぎり、創設者の意味はない、というのが私たちの考えだったわけです。

    P 137

    借入金と銀行

    貸さないところに借りに行くバカはいない。貸すようにさせてから借りに行くのが原則です。銀行というのはそんなにレベルの高い商売じゃありません。企業の先が見えるくらいだったら、銀行屋などやっていませんよ。

    P 148

    私の経営信条

    私の経営信条は、すべてシンプルにするということです。シンプルにすれば、経営者も忙しくしないですむ。そのためには、とにかく一度決めたら、それを貫くことです。状況が変わっても、一筋の太い道を迷わずに進むことです。

    P 151

    住民に納得をしてもらう

    そういう経験をしたもので、次に鈴鹿の用地を買うときにも、絶対に無理をしない。相手が納得するまで待つという態度が基本になりました。相手の立場を考えてあげようという思想が、ホンダのなかに生まれ、根づいたということではないでしょうか。

    P 154

    人のモノ、お金を利用しない=たいまつは自分で持て

    “たいまつは自分で持て”
    と私はしばしばいってきました。これは、人から教わったり、本で読んだ知識ではなく、自分の味わった苦しみから生まれた実感なのです。どんなに苦しくても、たいまつは自分の手で持って進まなければいけない。これが私の根本の思想であり、また、ホンダのモットーともなりました。

    P 161

    判定を各々に任せて、誇りを持たせる

    しかし、大多数の店では、ユーザーに対し責任を持てる販売ができ、自分の判定に誇りが持てると思う。本社のほうでなにか管理方法を考えてくれないかとか、自分たちの管理能力の不足を、他人は信用できないという形に置きかえるのはよくない。ここではっきり約束するのは自分たちのためなのだ。

    P 165

    パイプは苦労しても自ら作る

    苦労しても、パイプは自分でつくらなければいけません。一度つくってしまえば、それは自分のものですが、他人のパイプに便乗すれば、それがいっぱいになったときには、たちまち弾き出されてしまう。

    P 174

    ホンダの輸出を担った川島喜八郎

    それが32年(1957年)になると、ようやく本格的に輸出にの乗り出せる力が備わってきた。この年に川島喜八郎が東南亜アジアへ出かけ、つぎの年にはアメリカに行って、調査をしてきました。

    P 175

    世界の消費経済の動向を知る

    というのは、世界の消費経済はアメリカから起こっているからです。アメリカに需要を起こすことができれば、その商品には将来性がある。アメリカでだめな商品は国際商品にはなり得ない、という信念を私は持っていました。

    P 176

    トップと集団の心理学:大丈夫だとは言わずに具体的な指示を出す

    藤沢がアメリカに飛んで行ったけれども、今度ばかりは打つ手があるまい、というのが大方の観測で、ほんとうに心配していたようです。そういうところに帰って行って「大丈夫だ。安心しろ」といったら、みんなよけいに心配します。これは私の心理学です。

    P 192
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    Author:bookback
    1981年東京生まれ。静岡育ち。

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