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    本はどう読むか


    清水幾太郎 SHIMIZU Ikutaro  社会学者・文学博士

    1907年 東京生まれ
    1931年 東京帝国大学文学部社会学科を卒業

    読売新聞論説委員、学習院大学教授などを歴任。

    1988年 逝去
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    人間の意味は、内部ではなく外部にある

    二メートルに足りない身長を持ち、一世紀に満たぬ寿命しか与えられていない人間、食物や飲料を絶えず摂取せねば、また、見苦しい大小便を絶えず排泄せねば生きていられぬ人間、そんな人間を逆さに振るったところで、貴い意味が転がり出て来るものではない。人間の内部に意味があると思うのは、近代思想の生んだ錯覚である。

    P 48

    清水幾太郎のオススメ本

    E・H・カーの『新しい社会』、同じE・H・カーの『歴史とは何か』、ティンベルヘンの『新しい経済』が含まれていたことは確かである。

    P 57
    <備考・参照>





    大規模な準備を行う仕事の流儀

    十枚の原稿の執筆には不必要な大規模な準備を故意にやるのである。事情が許さなければ、諦めるほかはないが、長い間、私はこの流儀を頑固に守って来た。

    P 64

    オーギュスト・コント

    一七九八年に南フランスのモンペリエという古い都会に生れ、一八五七年にパリで死んだ数学者、哲学者、社会学者である。特に、社会学という学問の建設者である。社会学(フランス語の Sociologie)という言葉も、彼が初めて作ったものである。

    P 81

    書物と細君

    「本はどんな無理をしても買う。私がいつまでも貧乏なのは、おそらく、この主観主義的読書法の結果であるに違いない。とにかく、書物と細君だけは借りることの出来ないものと諦めている。」その後、この文章は、何種類かの高等学校用国語教科書に収録されているが、教科書では「細君」という言葉が必ず削ってある。

    P 88

    深い理解のために文章を書く

    深い理解は、本から学んだものを吐き出すことではなく、それに、読書以前の、読書以外の自分の経験、その書物に対する自分の反応……そういう主体的なものが溶けこむところに生れる。それが溶け込むことによって、その本は、二度と消えないように、自分の心に刻み込まれる。自分というものの一部分になる。受容ではなく、表現が、真実の理解への道である。

    P 95

    外国語の勉強の心構え

    外国語は、これを手段として勉強した時に初めて身につく、というのが私の考えである。換言すれば、或る目的があって、それを達成するためには、泣いても笑っても、或る外国語をマスターせねばならぬという場合、外国語の勉強は気持ちよく進むものである。

    P 133

    左から右へと読む。

    もし読者が左から右へという方法を厳守してくれれば、自然に慣れて来るものである。なぜなら、左から右へという方法を頑固に守っていれば、日本文に直すことが出来ないから。左から右へ、左から右へと一つの方向に進んで、絶対に後を振り返らない、右から左へ戻らないという方法を守っていると、読みながら、まだ正確な理解からは遠い似しても、或るボンヤリした感じが生れて来る。そうなれば、もう大丈夫である。

    P 147

    印刷、ラジオ、テレビ・・・などの技術の出現とインテリの反応

    歴代のインテリは、文化は大衆のものである、と口に言いながら、それを大衆のものにする技術が自分の存在理由を脅かすのを鋭く感じて来たのである。

    P 160
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    プロフィール

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    Author:bookback
    1981年東京生まれ。静岡育ち。

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