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    読書論


    小泉信三 Koizumi Shinzou   経済学者
    1888年 東京生まれ
    1910年 慶應義塾大学部政治科を卒業し、慶應義塾の教員となる。
    1912年 研究のためヨーロッパに留学し、イギリス、フランス、ドイツの各大学で学ぶ。 
    1916年 帰国し、慶應義塾大学教授。
    1933年 慶應義塾大学塾長に就任する。
    1943年 帝国学士院会員に任命される。
    1947年 塾長を辞任。
    1949年 継宮明仁親王の教育掛(東宮御教育常時参与)に就任。
    1954年 コロンビア大学より人文学名誉博士号を贈与される。
    1959年 文化勲章を受章。
    1966年 5月11日、心筋梗塞のため78歳で死去。
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    まずは、実行、つまり、読むこと

    書籍を離れて読書を論じている閑に、先ず書籍に向かって突進せよということが差し当たり親切な忠告である。「ファウスト」の一句「始めに業(実行)ありき」がここでも大切であると思う。

    P 3

    無目的に熱中すること

    福沢諭吉は明治の始めに学問の実用ということを強く説いた警世者であった。しかもその福沢が、学問はいわば無目的に、そのこと自体に熱中しなければ大成するものでないと訓えたのは、注意して聴くべきところである。

    P 13

    エブラハム・リンカンの人選と顔

    リンカンは或るときその友人の推薦した或る人物を閣僚に採用しなかった。そうして、その顔が好きでないからといった。それは酷ではないか、彼れは顔に責任がないと、その友がいったら、彼れは答えて、イヤそうでない、四十歳以上の人間は自分の顔に責任がる、といったということである。

    P 18

    名著に対して恐れを抱かない

    難解の書と称せられるもの必ずしも難解でない。恐れずに読めば、或いは恐れずに再読三読すれば、意外によく解るものである。古典的名著に対する故なき畏怖を去ることは、読書論の第一に力説しなければならない。

    P 20

    再読三読のすすめ

    斯く難解の章節に屈託するな、というと共に、特にすすめたいのは難解と平易とを問わず、同じ本を再読三読することである。実際相当の大著を、ただ一度読過したばかりで理解しようとするのは無理である。

    P 26

    繰り返しは学問の母、個と全体の関係性

    読書百遍意おのずから通ずといい、西洋で Repetitio est mater studiorum (繰り返しは学問の母)という格言は、難解の章句も反覆熟読すれば分るといわんとしたものであろうが、それと共に、一の書籍の思想を一の全体として、個々の部分を全体に対する適当の比例において受け取るため、再読三読はぜひとも必要である。

    P 27

    ショーペンハウアーの再読のすすめ

    苟も重要の書は、直ちに二回読むべきである。何となれば、一には、問題が二度目にはその諸聯関に於てよりよく会得せられ、且つ人は終りを知るときに初めて始めを理解するからであり、また一つには、人が二度目には、有らゆる章句に初度とは違つた気持ちと気分とを以て臨み、従つて宛も一物を別の照光を以て看るかの如き違つた印象を受けるからである。

    P 27

    多くの利益と楽しみの宝庫を開く鍵となる外国語

    今日日本語の本ばかり読んでも、読むべきものは随分豊富である。しかしいやしくも読書の楽しみを味わうには、せめて一つだけはぜひ外国語をものにしておきたいものである。

    P 30

    外国語学習のための二つの方法の併用

    一つは一字一句丹念に辞書を引き、文法書を開き、或いは先輩に尋ねつつ進むこと。今一つは辞書や文法書などはそっち除けにドシドシ読んで、全体もしくは大体の意味を摑むことがこれである。

    P 31

    恐れず、侮らず、外国語を学ぶ

    要するに私の結論は、外国語は決して恐れてはならぬ。しかし侮ってはならぬ。深く入るには余程の勉強を要するという、平凡なことに外ならぬ。誰でも弁えていることだが、また時々思い出すべきことであると信ずる。

    P 40

    外国語の朗読による学習法

    朗読ということも必要であると思う。昔は漢文の素読ということが行われ、これが吾々の先人のためには文章を解し、且つ書く練習として、非常に役立ったと思われる。西洋語についても同様で、始めは意味がよく解っても解らなくても、文章をくり返し、幾度も声に出して読むことは、たしかに語学力をつける。

    P 41

    語学力をつけるための翻訳

    語学力をつける一の方法としてすすめたいのは翻訳である。一冊の本または一篇の作品(論文でも小説でも)を日本語に翻訳して、書き上げるということは、一の事業として異常な楽しみにも励みにもなるものである。翻訳は学者としても文学者としても、最終の仕事ではないであろう。しかし最後の仕事をするまでの修業として一度は通過してよい段階である。

    P 42

    読書の分留まりを多くするために書き記す

    要するに私の言いたいのは、本を読んだら読み放しにしないで、少くとも大切な本は、その読んだことについて何か書いて置くことが、読書の感興とそうしてまた併せてその利益を一層大きくするゆえんだというにある。

    P 60

    知識の習得と実物の観察

    物を見たら必ず書籍によってその名を学べ、書籍によって名を知ったら必ず物そのものを見よ、というのが、私の読書家に告げたいところである。

    P 68

    鷗外と漱石の好きな文章

    鷗外、漱石ともに、文章の要義として浮華冗漫を嫌い、直截を尚ぶことを言っている。愛読する文章の一として鷗外がハインリヒ・フォン・クライストのそれを挙げ、漱石がガリバー旅行記の作者スウィフトを推すのは、いずれもこの理由によるものであった。

    P 93

    音楽に対する、ジョン・ステュアート・ミルの見解

    「音楽の最良の効果は(恐らくこの点において音楽はあらゆる芸術を凌ぐものであろうが)情熱を昂揚するにある。すなわち既に人の性格の中に存在している一種の高貴なる感情を高い調子に昂揚するにある。そして、この亢奮はその感情に光輝と熱とを与える。なるほどその亢奮は最高潮時においてこそ一時的ではあるが、他の時においてもこれらの感情を支持するものとしては実は極めて大切なものである」

    P 167
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    Author:bookback
    1981年東京生まれ。静岡育ち。

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